砂日記ばーじょん2.0

IT関連の仕事中に浮かんできたポエムとか読んだ本の感想とか書いていきます。

【読書感想文】ブラック部活動【内田良 】

ブラック部活動 子どもと先生の苦しみに向き合う

ブラック部活動 子どもと先生の苦しみに向き合う

【忙しい人向け】長いよ!3行で書け!

  • 最近、部活動にまつわる教員の過重労働とか部員の事故・体罰などが話題になってるよ
  • 『ブラック部活動』という本が発売されたので、読んで感想文を書いたよ
  • 学校とつながりの薄い一般人としての立場を大事にして、共感も批判も書きまくったよ

【忙しい人向け】長いよ!言いたいことだけ簡潔に言え!

最後まで読んでくれる強者はほとんどいないと思うので、本感想文を通じて一番伝えたかったことを最初に書いておきます。大体以下のツイート(リプ欄含む)に詰まってます。これだけ読んだらもう帰っていいです(オイ)

読書感想文に入る前の前置き

私は一般企業に勤める社会人であり、学校とは高校卒業以来あまり関わりのない立場にいます。
そんな私が部活動問題について関心を持ったきっかけは2か月ほど前で、気になる方は過去記事(教育界のえらい大人が以下略)を読んでいただければ幸いですが、この2ヶ月間の間で教員を取り巻く環境の実態が色々見えてきて、部活動に苦しむ教員や保護者のTwitterに関心を持ち、自分なりに勉強させていただきました。
過去記事を書いた時と考え方が変わったところもあります。
その上での1意見ととらえていただければ幸いです。

補足1:全体的に見ると批判的な感想が目立つと思いますが、同意できたところは同意と述べています。同意するところは「同意する」で大体伝わると思いますが、逆に同意できないところは「なぜ同意できないのか」をしっかり述べなければ思いは伝わらないと考え、結果として批判寄りな文量が多くなってしまったことはご理解願います。

補足2:なお、夏休みの宿題の読書感想文は大嫌いでした。

補足3:私の中学生時代は20年前になります(歳がバレる)

以下、感想文

(書きやすさ重視で口語体で書かせていただきます)

はじめに

詳細は各章で言及していくが、ここでおさえておきたいことは、「本書は部活動の全廃を目指すものではない」ということである。
部活動問題のあり方にも意見が分かれていて、大雑把に「廃止派」と「縮小派」がいて、内田さんは「縮小派」よりの考えであるということ。
ただ、内田さんはよく「廃止派」と誤解されるらしい。
(内田さんを支持する人の中に廃止派がいるし、また内田さんが応援している人の中にも廃止派がいるからだと思う)
私は部活のあり方に関する基本的な考えは内田さんと同じ「縮小派」である。
※廃止論自体の否定はしない

第1章 「グレーゾーン」を見える化する

冒頭の廊下を走る中学部活の元ネタはこれググる類似の投稿がでてくる。
私の母校では部活動でも廊下は走るの禁止だった気がするけどうろ覚え。

P30「部活が教育課程外・学校教育内(グレーゾーン)であることがうやむやにされると、『強制』と『過熱』が起きる」ということについてはピンとこなかった。
P26で「教育課程外の活動=生徒の自主性・自発的な活動」との解釈をしており、「学校教育内であること」とまざりあって、「自主的なのに強制」「自主的だから過熱」という状態になるらしい。
自主的なのに強制」理解できるが、「自主的だから過熱」はしっくりこない。
自主的な活動は過熱にならず適切な量でセーブされることも多く、他の要因も重なって初めて過熱になる気がする。

グレーゾーンのうやむやにより、「廊下を走る」ようなアウトな行動が部活動では発生するようになるとのことだが、もしも部活が「教育課程内」だったとしたら、部活を考慮して廊下を走っても安全なように学校を設計するだろうか。私はしないと思う。
なぜなら、教育課程内だろうが、教育課程外だろうが、廊下を走るのは危険だからだ。
「行儀と安全を意識して廊下を走るな」は、学校教育の範囲で教えられるべきで、教育課程は関係ない(そんな小学生でも理解できるようなことを中学で指導するなって話はあるが)
逆に、学校教育レベルで培われた判断力があれば、「(自主的な判断で)部活動で廊下は走らない」に至るのではないか。
なのに、自主的な判断が正常に働かず、廊下を走る。
よって、2章でも述べるが私は「自主的だから過熱」でなく、「自主的なのに過熱」であるという認識でいる。
細かい言葉の違いだが、この違いは9章で述べられる未来展望図に大きな影響を与える。

[2017/08/09 追記]
いただいたコメントの中で、私が思う「自主的」は意味的には「主体的」に近いのかも、と思った。
参考:あなたは知ってますか?「自主性」と「主体性」の違いを明確にしよう
辞書的な意味や上記リンク内の定義で言えば、確かに「自主的だから過熱」はありうると思う。
深い考察は避けるけど、私が述べる「自主的」にしっくりこない場合、「主体的」に置き換えてみるといいかも。
そうすると学習指導要領記載の部活動の定義とずれるわけだが、その是非については機会があったら別に考えたい。

なお、本書には「教育課程」についての定義説明はP24~P25でされたが、「学校教育」についての定義説明はされていないので、学校教育の定義については学校教育法第二十一条を参考にした。このあたり素人なので他に参照すべきものがあれば知りたい。というか「教育課程」と合わせて定義を書いて欲しかった・・・。

第2章 自主的だから過熱する――盛り上がり、そして降りられなくなる

まず、冒頭の垂れ幕の件は、正直違和感が大きい。
本書いわく、「教育課程内」の授業の成果で生徒が模擬試験などで上位になってもアピールはしないのに、「教育課程外」である部活の成果はアピールするのはおかしい、ということらしいが、「部活動は教育課程ではないのに○○だ」は使い勝手が良すぎるので、使い方を間違えると言いがかりのようになってしまう。

P33「垂れ幕、横断幕を見て、トロフィーの輝きに圧倒されると、学校という場はトップアスリートやプロの養成機関のように思えてくる」の一文から感じる違和感、最近どこかで別の場所でも感じたような・・・と考えてみたら以下のツイートだった。

上記ツイートに多くの同意があったように、一般的な感覚ではポニーテールを見ても男子の欲情は煽られないし、垂れ幕・横断幕・トロフィーを見ても「この学校はトップアスリートの養成機関なんだな」なんて思わないと思う…

座談会の章でも垂れ幕の話が出てきたが、少し強めの言い方をするが「自分たちは頑張って成果出しても大して評価もアピールもされない、なのに部活は教育課程でもないのに評価されてズルい」という、己の不遇不満を部活問題にすり替えている印象しかない。
逆に、教員の皆さんは「教育課程内」の授業の成果を垂れ幕で発表されるようになったら垂れ幕のために授業研究をより一層頑張るのだろうか?

P36理想と現実のギャップについては意外性があった。
確かにアンケートの他の結果を見てみても中高生の9割、教員の7割以上が「スポーツは楽しい」と認めていて、楽しくて「ハマる」から休まずやってしまうというのは想像できる。
だが「教員と生徒がお互いに首を締めあっている」という本書の主張に同意するのは厳しい。
1つのグラフだけで判断するには情報が少なすぎる。

P36では「生徒も教員も半数以上が理想の活動日数を週5日以内としているが、大半の現実の活動日は週6日以上」という集計結果を紹介している。
ちょっとこのくだりは長くなるので、対象のグラフを紹介したネット上の記事とグラフの引用を貼っておく。

f:id:snufkin127:20170808130546p:plain

引用元:部活動はなぜ過熱する? 指導者がハマる魅力

本書ではこのグラフを「一週間における活動日数の理想と現実」と何だか曖昧なタイトルで表しているが、
集計元である(神奈川県の)中学校・高等学校生徒のスポーツ活動に関する調査報告書での集計元となった質問の内容は中高生向けと教員向けで実は異なる。
中高生向けの質問は理想が「あなたは、週あたりの運動部の活動日数は何日が適当だと思いますか。」現実が「あなたの週あたりの活動日数は、平均してどのくらいですか。」
教員向けの質問は理想が「あなたは、運動部の週あたりの活動日数は、どのくらいが適当とおもいますか。」現実が「あなたが指導している運動部の週あたりの活動日数は平均してどのくらいですか。」である。
つまり、特に現実についての方は前者は中高生本人を主体とした質問で、教員向けの質問は参加している運動部を主体とした質問である。

主体が異なるものを同じグラフにまとめるのは厳密ではないし、載せるなら注釈を入れるべきではないか。

さらに、同調査報告書を注意して読むと、「あなた(教員)が運動部に立ち会ったり、指導したりする週あたりの日数は平均してどのくらいですか」という本書で触れられていない質問があり、その集計結果は「6日が26.7%」、「7日は6.7%」だった。
つまり、部活自体の活動日数は週6日以上が多いが、(恐らく複数顧問制により)7割近い教員は週2日以上部活に参加しない日を得ていることが読み取れ、ここに部員と教員の差異があることがわかる。
これは本書で触れられてもおかしくない話だと思うが、スルーされている。
もっとも、顧問が毎日部活に参加していないからといって、生徒より負担が軽いだろうという話でもない(自宅で指導研究や、部活に時間を取られてできなかった授業準備や校務分掌をやっているかもしれない。そもそも100%最低週2日は休むべきという話ではある)

また、学校事情は地域差の影響が少なくないため、全国すべてがこの通りとはいえない。
全国的なデータの一部は7章P155で紹介されているが、神奈川は「休養日の設定が不十分で、かつ、活動時間数が多い県」に数えられている。
都道府県すべてが同じ状況であるとはいえない。

何が言いたいのかというと、紹介された集計結果の一端だけを見て、作者の主張を正しいと受け入れることは本質を見誤る恐れがあり危険だ、ということだ。

教育素人で初心者の自分にとっては大事な部分なのであえて踏み込むが、内田さんは「エビデンス分析」を自負しているが、そもそもデータが少なすぎて分析と呼ぶにはかなり厳しい。
データが少ないのは内田さんのせいではないのだが、 「限定的なデータから推理した話であり根拠は十分ではない」と注意を促した方が良さそうなところがあまり明確に注意書きされておらず、その点で本書はあまり初心者向けではないなと感じている

P36のグラフについてもうひとつだけ言うと、グラフでは「中学生、高校生、教員の一週間の理想活動日と現実活動日」の集計結果が紹介されているが、「保護者、校長、外部指導員」の数字が載っていない。
なぜなら「保護者、校長、外部指導員」はアンケートの対象者であるが、彼、彼女ら向けの質問票には「一週間における理想の活動日数は何日か」という質問項目がなく、データが集計されなかったからである。
もしかするとその集計されなかったデータに理想と現実を埋める鍵があったかもしれない。
エビデンス分析」というのであれば、見えているデータだけでなく上記のような見えないデータについてもしっかり言及してほしかったが、詳しく述べているのはP153の全国の活動日時数データくらいである。

統計学者レベルの人の意見が聞きたい)

(ここからは2章の感想というより私の主張が多く出てしまっているので、興味なければ3章まで飛ばしてください)
P46「自主的だから過熱する」という言葉について改めて言及すると、私が本書を読んだ上で得た認識は「自主的だから過熱する」でなく、「自主的なのに過熱する」である。
過熱の原因は自主性とは違うところにあると思う。

部活が正しく自主性に委ねられれば、P36の通り部員も顧問も「希望では週2日は休みたい」という意思を持っているはずなので、その意思を優先し休みを設ける方向に動くのではないか。
例えば、部員と顧問が年度の最初に「活動日を週何日にしたいか」と話し合えば、多くが「週5日以内」でまとまるのではないか。

では、なぜ部活動の自主性が無視されてしまうのか。

部員と顧問が十分に話し合いせずどちらかが一方的に活動内容を決めているからではないか。
部員と顧問が主体であるはずの部活動が保護者や外部指導員の意見を聞き入れすぎなのではないか。
答えはひとつではないと思うが、答えを述べるには圧倒的に情報が足りない。それは本書も然りである。

とはいえ、「自主的なのに過熱する」原因を突き止めることで、部活動問題のいくらかは解決できると私は考えている。 P47で内田さんは「自主的だから過熱する」の見解は未来展望図を語る上で重大なヒントになると語っているように、私の「自主的なのに過熱する」という見解も私の期待する未来展望図に大きな影響を与えていて、9章における内田さんと私の明確な主張の差になったことはとても面白かった。

長くなりすぎたので次。以降はもう少し手短にまとめる。

第3章 自主的なのに強制される――矛盾に巻き込まれ、苦悩する

P61で大学の部活動について「強制性はない」と語っていることについて、思うところがあるが、2章が長くなりすぎたので割愛。
超大雑把に言うと、大学部活動は「自主的だけど過熱化していない」よね。

その他、
部活動に関連する制度はかなり歪んでいて、「自主的な活動なのに顧問を強制される現状」「教員にほとんど休憩時間が用意されていないこと」「部活動の大きな存在意義は機会保障であること」「居場所の論理と競争の論理」といった内容については概ね同意する。

ただし最後のP69~P70「競争の論理の見えにくさ」については疑問がある。
P70で「中学・高校教員が考える部活動の意義」のアンケート結果が示されており、「勝つよろこびを味わえる」が32.4%で12項目の上から7番目と低い位置にあることについて、本書は「ではなぜ顧問が生徒に過酷な練習を強いるのか」と疑問を投げかけているが、
中学校・高等学校生徒のスポーツ活動に関する調査報告書には中学生高校生にも同じ質問がされており、中学生が部活動の意義を「勝つよろこびを味わえる」と考えている割合は73.8%(12項目の上から4番目)、高校生が74.0%(同じく上から4番目)と、生徒の方が教員より勝つことを重視しているととれる結果となっている。
部活を駆り立てているのは顧問でなく生徒なのでは?真偽はともかく、このあたり、内田さんもしっかり調査報告書を読み込んで把握しているはずなのだが、そこには触れず、「顧問が居場所の論理を隠れ蓑にして競争の論理による部活動を展開している」と主張するのはやはり違和感を感じる。

第4章 強いられる「全員顧問」の苦しみ

前半部については同意する。部活動問題は生徒、保護者、教員、管理者や外部指導者も含め多様な視点から考察されるべきだし、特に生徒、教員、保護者の苦しみを訴える声には今後も積極的に耳を傾けていきたい。
「部活未亡人」などの言葉はちゃんと世間の耳に伝わっただろうか。

P83〜P85「名古屋市新任教員の勤務実態」は本当に貴重なデータだと思う。
地域差などを考慮するとやはり全国のデータがほしい。勤務管理を厳格化してほしい。

教員のみなさんはスマホのアプリで個人的に勤怠管理している人はいないのだろうか。あまり話を聞かない。無料〜数百円程度で位置情報を含めた正確な勤怠管理ができるアプリもあるので、過重労働を告発する材料集めの一環として試みてはどうだろうか。
残業証拠レコーダーとか。

全員顧問制については、部活が自主的なものなのに顧問を強制されるのはおかしいという点で同意であり、優先して解決されるべき問題だと思う。
ただし、私の思う解決とは「部活顧問を拒否できるようになること」ではなく、「顧問と非顧問に分かれたとしても顧問に負担が集中しないこと」である。

私は顧問拒否に反対しないと前置きしつつ言うが、 最近顧問拒否の声は少しずつ増えてきており、今後顧問拒否が増えれば増えるほど、残された顧問拒否しない、顧問拒否できない教員への負担が重くなっていくことは想像に難くないが、その後についての意見はほとんど確認できていない。

「自分は顧問拒否できたからもう大丈夫。部活が辛いなら顧問拒否すればいいじゃない」と知らんぷりと突き放しをするのではなく、顧問も非顧問も協力して労働問題としての部活動のあり方を考え続けていくことを切に願う。

最後にP95〜P99で紹介されている部活動と教員採用試験の関係についても思うところがあるが、それは7章の感想に回す。

第5章 教員の働き方改革――無法地帯における長時間労働

教員の長時間労働に焦点を当てた章だが、細かい話は置いといて全面的に同意する。

中学時代高校時代から教員は忙しそうだなーとはなんとなく感じていたが、一般企業と比較しても過労死ラインを超えている人の割合が非常に多い。週休2日を満足に取得できていない教員も多い。本当に是正しなければいけない異常な状態だと思う。

給特法についても然り。40年も前に作られた法律が今も幅をきかせて教員を苦しめているのは私を含め多くの人が知らなかった事実だ。

4章でも書いたが個人のスマートフォンアプリでも勤怠管理はできるので、もしやっていないならば、いざというときの証拠集めとして個人で勤怠記録をつけていった方がいいと思う。

第6章 素人が顧問

本章の内容についてもほぼ同意する。

もし自分が未経験の運動部顧問を任されたらと思うと、やっていける自信はない。
私は顧問拒否する勇気もないので、おそらく最後まで追い詰められて倒れてしまうだろう。

1点だけ残念に感じたのはP141〜P144で語られたバスケ部顧問のエピソードである。
未経験顧問という立場に追い込まれ体調を崩してしまった教員の話は良いのだが、その後について「その先生は保護者全体と話し合いの機会を何度か持つなかで、自分の立場を理解してもらうことができ、いまは保護者と良好な関係で、部活動指導にあたっている」とあっさりまとめられてしまっている。

これは、「え、そこ詳細を省くんだ…」という気持ちだ。だって、教員が保護者と和解して部活動の状況を改善させた好事例でしょう。
どのような関係者がいて、どのようにして保護者と話し合う機会を何度も持つことに成功したのか、部活動の活動時間や内容はどのように変わったのか,改善のヒントがありそうな貴重で重要な話なので、もっと掘り下げて欲しかった。

第7章 過剰な練習、事故、暴力――苦しむ生徒の姿

部分的とはいえ全国的な運動部に対する調査が行われたのは良いことだと思う。逆にいうとそのように得られたデータはとても少なく、2章で述べた通り正確な分析はまだまだ難しい。
また、「活動量が多く休養日の設定が少ない」学校だけに注目するのでなく、活動量が少ない、もしくは休養日が設定されている学校についてももっと言及して欲しかった。地域差の要因もあるかもしれないが、どちらかというとそっちに解決のヒントが隠れていると思う。
例えば東京都は学校の数が多いので大会の競争も激化しそうなイメージがあるが、部活動の活動時間は他道府県より短く、しかし休養日をしっかり定めているわけではない。なぜ東京都は過熱化の度合いが小さいように見えるんだろう?
調査結果の元データはこちら:平成28年度全国体力・運動能力等調査結果

外部指導者に関する考察については同意。

部活動と内申の関係については、P168で「入試ひいては人生にかかわるかもしれないという漠たる思いをもっている限り…」と書かれているが、入試はともかく人生まで影響範囲を広げてしまうと「漠たる思い」では済まされない。
部活動をはじめとした自主的な活動は企業の採用試験において十分に判断材料とされるからだ。
一般企業採用試験ならば、部活動以外の課外活動はいくらでもあるのでカバーできるが、教員採用試験は4章で言われているとおり、部活動の経験が採用評価の1項目になっており代替がきかない。 Twitter(リプ欄含む)でも言及したので紹介する。

部活動における事故については同意。顧問の問題なのか、環境の問題なのか、一緒くたにしないよう気をつけたい。顧問が負う事故の責任リスクが大きいところも考えていかなくてはいけない問題だ。

顧問からの暴力については、P170の体罰の時間帯別割合を用いて部活動が体罰の温床となっている可能性を語っているが、同程度の割合で体罰が発生していることについて言及しないのに違和感がある。
Twitter(リプ欄含む)でも言及したので紹介する。

第8章 先生たちが立ち上がった!

ネット署名「部活動顧問を「する・しないの選択」」そして「部活動への入部を「する・しない」の選択」については賛同する。
署名も参加させていただいた。
部活問題対策プロジェクト」および9章で紹介されている「部活改革ネットワーク」「協働コラムズ」等のコミュニティについては、私は今まで無かったこと、新しいことに挑戦する姿勢は応援はしたいと思っているが、私自身は所属していないため、色々思うところについては省略する。

また、本書発売後に新たに宣言された「日本部活動学会」には2章、7章で指摘したデータ不足問題に対しての対応を是非とも期待したい。

コミュニティのネット上での活動に対する考えは「おわりに」の章で言及したい。

第9章 未来展望図――「過熱」から「総量規制」へ

まず、保護者にとっての部活動の形もまた様々なので一概には言えないが、P203で紹介されている「顧問の負担が大きすぎるか」というアンケートの結果について、保護者と顧問に大きな意識差があるところは、まだまだ改善の余地があると前向きに捉えたい。

そして、これまでの内容を踏まえた上で、著者の内田さんは「総量規制」における「ゆとり部活動」への転換を挙げている。
「ゆとり部活動」というネーミングについては絶対ゆとり教育の部活版だと誤解されるよなぁ・・・という感想を持ちつつ、気になるのは総量規制の実現である。
「部活は自主的だから過熱化する」ので、活動量を大幅に制限することで、「居場所」としての部活動と「競争」としての部活動を分け、人的にも予算的にも無理なく部活動を運営できるようになるというのが内田さんの主張だ。
私は、「居場所の論理」と「競争の論理」を分けること、一方「居場所の論理」に基づく部活動は「競争」を完全排除しないことなど、基本的な考え方については概ね同意する。
主張を違えるところは、「休養日を現在の半分程度にする」というところだ。
私は「週2日の最低休養日は設けるが、残り5日は部員と顧問の協議などにより決定する」でいいと思っている。
最大の理由は、私から見た今の部活動は「自主的だから過熱する」でなく「自主的なのに過熱する」だからである。
第2章P36のグラフが示すように、部員も教員も実は休みを欲しがっている。
以下のツイートで示されたグラフでも、生徒はある期間の休養日が必要だという認識を持っていることがうかがえる。

つまり、強制的に大幅な規制をしなくても、部員の自主性を優先し、部員と顧問が話し合い適切な活動量を決めるようにすれば、自ずと適切な休養日が設定されると私は考えている。
自主的なのに過熱する」なので、過熱の原因は「自主性」とは別のところにあり、それを取り除いてやればいいというのが、(内田さんが本書に込めた思いにそぐわないところであると認識しつつ)本書を読んだ上で至った私の意見である。
過熱の原因は自主性にあるのか、違うところにあるのか、そこが内田さんと私で最も意見が異なるところだと思う。
また、私の考えで顧問の負担軽減が十分に達成するのかいうと解決するとは言い切れないことは理解している。最低でも全員顧問制と全員入部制の撤廃、週休2日の絶対確保は必須だと思う。

最も懸念すべきは、ロードマップも主導者も明確でない現状であと何年で何が達成できるのか、全く見通しがついていないということだ。
部活動に苦しむ教員たちの心身はそれまで持つのだろうか。
理想の達成をこれ以上待つ余裕があるのだろうか。
既に耐えきれなくなった人の一部は部活顧問を拒否する運動を始めているが、その先に真の解決はあるのか、という議論はやはり少なく、先行き不透明な状況だ。

座談会 部活動のリアル 内田 良/真由子/藤野悠介

真由子先生も藤野先生もブログは一通り読ませていただいた。同じブロガーとして偉そうなことは言えないのだが、2人ともご多忙の様子だが、真由子先生のブログ(公立中学校 部活動の顧問制度は絶対に違法だ!!)はコメント欄の荒れっぷりを何とかしたほうがいいと思う・・・。
藤野先生も最近はもうブログ(生徒の心に火をつけるためのブログ)の手入れあまりしていないのかな、という印象(あるページでリンク誤りの指摘がされていて「修正する」と返事しているが未だに直っていないところとか…2017/08/15確認時点:リンク修正されたようです)
感想については、2章のところで言い過ぎた感があるので、控えめにするが、全体的に部活動問題に疎い人たちがこれ読んだら「うーん・・・」と感じる人が多いんじゃないかな・・・とだけ・・・。

おわりに

私もSNSを中心にこれだけ多くの声が上がっていることには非常に驚いた。
一方で、本章でSNSの活用を促す言及について、以下のツイート(リプ欄含む)をもって感想とし、読書感想文を締めたい。

読書感想文のあとがき

読書感想文の文字数を数えたら、ツイート部分を除いてほぼ1万文字だった。
中学・高校の読書感想文コンクールの指定文字数が2000文字なので、8000字もオーバーしたこれはどう見ても過熱化の結果である
こんな形で身をもってその恐ろしさを体験するとは思わなかった・・・。